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鹿児島地方裁判所 昭和50年(行ウ)2号 判決

原告 金江チヨ

被告 名瀬市

訴訟代理人 泉博 北原久信 田上勉 浦田重男 他三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告が原告に対し昭和四四年一二月二五日、原告が従前所有していた別紙目録記載の土地についてなした清算金額決定処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という)の所有者であつたものであり、被告は本件土地等を区画整理の対象とする名瀬市都市計画第二次土地区画整理事業の施行者である。

2  被告は昭和四四年一二月二五日原告に対し、本件土地について「換地を交付せず、金銭をもつて清算する。その清算金額は五万六、九二一円とする。」旨の清算金額決定処分(以下「本件処分」という)をなした。

3  しかしながら、本件土地は名瀬市内随一の繁華街に存し、換地処分時における時価は一平方メートル当り六万円、総額にして九六二万三、四〇〇円を下らない。

損失の補償について定める都市計画法六〇条の三の規定は、土地区画整理法三条の五、二項により都市計画事業として施行する土地区画整理事業についてその適用が排除されているが、これは土地区画整理法において、いわゆる公法上の損失補償の理論ないし精神を排しているものではない。すなわち、同法八九条は換地を定める場合、換地及び従前の宅地の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等が照応するよう定めなければならないとし、同法九一条は宅地地積の適正化について定める。また、同法九四条が清算金について定めているのも同趣旨に理解されなければならない。これらの各条文は私有財産を制度的に保障した憲法二九条に基づくものであることはいうまでもない。

従つて、本件処分における五万六、九二一円という清算金額は相当な補償をもはるかに下回る著しく不当なもので、憲法をはじめ前記各条文の解釈、精神にもとる違法なものであり、取り消されるべきである。

4  なお、原告は行政不服審査法に基づき、昭和四五年三月一二日鹿児島県知事に対し審査請求をしたが、同年一二月四日棄却され、同四六年一月六日建設大臣に対し再審査請求をしたところ、これも同五〇年四月六日棄却された。

5  よつて、本件処分の取り消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の主張は争う。

3  同4の事実は認める。

三  被告の主張

1  土地区画整理事業における清算金の徴収または交付は、換地を定めまたは定めない場合において生ずる不均衡を是正しようとして行われるものである。清算金の算定は、従前の土地各筆の価額に、従前の土地の価額の総額に対する換地後の価額の総額の比を乗じて得た価額(これを「権利価額」という)が最も公平に換地指定された場合の換地各筆の価額であると考えられ、本件のように換地を定めなかつた場合においては、右権利価額が交付すべき清算金となるものである。清算金の算定が合理的でありながら、正当な補償でないという場合は考えられない。

被告は本件土地に対する清算金の算定について、次項以下に述べるように、路線価式評価方法によつて評価した価額を基礎とし、特に本件土地の利用状況(現に公共の用に供されている道路)を考慮して行つたもので、右算定は合理的で適正なものである。

2  被告は、土地各筆の価額を算定するため、本件土地区画整理事業について内規として「各筆土地評定価格算定規準」(以下「算定規準」という)を定め、土地評価方法として路線価式評価方法を採用した。この評価方法は、街路ごとにこれに接する標準地を選定して、その単位地積に対する価格を指数で表わしたものを当該街路の路線価とし、これを基礎として同じ街路に属する画地についてその画地の特殊性に基づいてこれを増減して土地の評価を行うものである。この方法は最も妥当な評価方法であるとして各地の土地区画整理事業で採用されている。

3  本件区画整理事業において調査したところ、街路(名瀬市路線番号五三)に面した土地で昭和三七年に坪あたり三万円で取引された事例があり、右価額は適正なものと判断されたので、換地後の路線価としてこれを基準に採ることとした。そして、本件区画整理地区内の最も繁華街である街路(路線番号四七)について右標準地と路線価指数を比較してみると、坪あたりの価格は三万三、〇〇〇円余となる。昭和三七年当時の年間地価上昇率は一〇パーセントと認められたので、右価格を昭和三六年に引き直してみると(引き直した理由は後述)、坪あたり三万円となる。これを標準路線価として、右街路の路線価指数一万二、二二六円で除して得た二・四五円が指数単価である。

つぎに、換地前の土地価額評価はつぎの方法によつた。本件土地区画整理事業の換地指定は二割減歩という面積主義によつてなされた。換地によつて幹線道路の位置、公共施設の場所など変つたところもなく、全体的に土地の価値が八分の一〇すなわち一・二五倍に増進していると見ることができたので、整理前の各街路の路線価は、整理前の各街路に照応する整理後の各街路の路線価を〇・八倍して得られることとなる。

整理後の土地の評価の時点として昭和三六年を基準として採つた理由はつぎのとおりである。清算金の算定について土地評価の基準時をいつにするかについては清算金の趣旨から考えなければならない。土地区画整理事業において、清算金の徴収または交付は、換地を定めまたは定めない場合において生ずる受益の不均衡を是正するために行われるものである。従つて、受益または損失の時期を考えるに、仮換地指定があれば、従前の土地に対する使用収益権限が仮換地指定された土地に移ることになる(土地区画整理法九九条)のであるから、実質的な交換分合が仮換地指定でなされると見ることができる。また換地計画において換地を定めないこととされる宅地について、使用収益の停止処分(同法一〇〇条)がなされた場合あるいは仮換地指定がなされた場合は仮清算(同法一〇二条)をすることができることに照らしても、仮換地指定時を土地評価の基準時とすることは理由のあることである。

しかして、本件区画整理事業においては、仮換地指定は一時にはなされず、昭和三二年から昭和四〇年にかけてなされているので、全体の公平を保つという見地から、その中間時点である昭和三六年を基準時として採つたものである。

なお、本件土地は、後述するように、公共の用に供されている道路であつたため、原告あるいは前所有者の使用収益はなされておらず、使用収益停止処分は必要なかつた。また、本件土地の隣接地周辺の土地の仮換地指定は昭和三五年になされている。

4  本件土地は、本件区画整理事業着手当時、市道として認定された公共用道路上にあつたので、土地区画整理法九五条一項六号の「公共施設の用に供している宅地」に該当するものとして同条六項を適用して換地を指定しなかつたものであるが、本件土地の区画整理後の評価は、区画整理前の道路に位置的に相当する街路(路線番号五四)に面するものとして評価すると、右街路の路線価指数は一万一、四四二であり、これに指数単価二・四五円を掛けると二万八、〇〇〇円(端数切り捨て)となり、これが右街路の坪あたりの路線価となる。従つて本件土地の換地前の価額は、その〇・八倍すなわち坪あたり二万二、四〇〇円(一平方メートルあたり六、七七六円)と評価された。

5  ところで、本件土地はもとカトリツク教会の私道として狭い道路であつたのを、名瀬町長が昭和一〇年ないし一一年ころ、町道として整備すべく本件土地ほか一連の用地を買収し工事を行い、こうして町道(後に市制が布かれるとともに市道となる)として開設されて以来平穏に一般交通の用に供され、本件土地区画整理事業までその状態が継続してきたものである。道路としての供用開始手続がいかになされたかは現在資料が散逸し、具体的に明らかにすることはできないが、道路開設以来平穏に一般交通の用に供される状態が永続し、課税の対象となつていなかつたこと、地代、土地使用料に類するものも支払われておらず、道路が開設されて原告から換地指定の申し入れがなされるまでの間、権利を主張する者は誰もなかつたこと、本件土地以外にも道路敷となつている私人登記名義の土地が相当あつたがこれについても権利を主張する者がなかつたこと、時効制度の存在理由の一つとして永続した事実は事実上正当な根拠に基づくものである蓋然性が高いからであるといわれているが、本件土地についても前記のような事実を合わせ考えると道路供用に際して適法な権原取得があつたものと推定される。

道路としての使用権原取得原因であるが、本件土地周辺の道路敷地が昭和九年ころから昭和一一年ころにかけて分筆され、売買を原因として名瀬町に所有権移転登記がされている。本件土地は昭和一一年七月五日に旧土地台帳上分筆され、昭和一三年三月一日に分筆登記されているが、所有権移転については未登記のままになつていた。しかし、右分筆の時期からみて他の前記土地と同じ機会に道路敷として使用するため分筆手続がなされたものと推定でき、かつ所有権取得原因も他の土地と同様売買であつたと推定される。本件土地についての分筆手続に関する資料は現存していないところであるが、その分筆登記が当時の名瀬町の嘱託でなされたものであるならば、代位原因を証する書面として土地の一部について所有権を移転する旨の所有者の承諾書あるいは売買契約書が登記手続上必要であり、従つて本件土地のもとの所有者である原口元吉は所有権移転を承諾していたと推定される。また仮に右分筆が原口元吉の申請によるものであるとすれば、分筆部分が道路沿いの細長い形であること、右原口は本件土地が道路敷になつたのを知つていたと考えられることからみて、所有者において道路敷とすることを了解の上分筆手続をとつたものと考えられ、所有権移転を承諾していたものと推定される。

仮に、本件土地に対する名瀬町の所有権取得が認められないとしても、道路を開設するのは敷地所有権を取得してなすのが原則であるから、道路の管理は道路敷地に対して所有の意思をもつてする占有とみることができ、従つて被告は遅くとも昭和三一年ころには本件土地を時効取得していたことになる。本件においては、昭和三七年一〇月三〇日に前所有者から原告に対し所有権移転登記がなされたため被告において時効の援用をすることが無意味となつたが、もし原告への所有権移転登記がなければ被告は本件土地に対する時効を援用することにより使用権原を主張できた関係にあつた。権原取得を対抗できなくなつたという点では、本件は最高裁昭和四四年一二月四日第一小法廷判決(民集二三巻一二号二四〇七頁)のケースと共通している。本件においては積極的な時効援用はなかつたのであるが、永続した事実状態の保護を図る時効制度の趣旨からみて、永年にわたり平穏公然と一般交通の用に供されてきた事実を考えれば、道路法四条は本件にも当然適用あるものと解すべきであり、前掲最判の趣旨は本件にも妥当するということができる。

また、本件土地周辺の道路敷地が旧道路法の適用下において国ではなく市町村によつて取得されていることから、道路敷が公共団体名義の道路は旧道路法にいう道路でなく単なる私道であるとされたとしても、現行道路法においては、県市町村道敷は管理者である公共団体が権原を取得するものとされているのであるから、現行法の適用に伴いその瑕疵は解消されたことになる。永続して市町村道として管理され、公衆の通行の用に供されてきたという事実のもとでは、道路認定、供用の手続に多少の瑕疵があつたとしても治癒されると考えるべきであり、少なくともその道路の果している公共的役割からみて、私権の行使を制限する道路法四条の規定は類推適用されるべきである。

6  本件土地は、右に述べたように道路敷地として公共の用に供されてきたもので、土地区画整理法九五条一項六号の「公共施設の用に供している宅地」に該当する。かかる土地を使用収益することは例え所有者であつても不可能である。このような土地を一般の土地と同様に評価することは同法九四条の趣旨からも適当でなく、土地の評価に際して大幅な減額をうけるのは止むを得ない。

また、通常の土地評価法として取引事例比較法と収益還元法があるといわれているが、道路敷である土地について取引されることは稀であり、しかも何ら収益を得ていなかつたのであるから通常の評価方法で評価することはできない。

清算金の算定は、目的たる土地の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等を総合的に考慮して額を定めるべきものである(土地区画整理法九四条)。そこで被告は、他都市の例などを参考にしながら、本件土地区画整理事業において、換地を定めない土地の評価について従前地の形状または利用状況を勘案して算定規準を設けた。これによれば、いわゆる私道等の換地を与えない土地については登記簿記載の地目によつて区分し、それぞれ該当路線価に次の比率を乗じて算定することになる。

(一) 有租の宅地であつたもの 百分の二〇

(二) 免租の宅地であつたもの 百分の五

(三) 田、畑であつたもの   百分の三

(四) 公衆用道路であつたもの 百分の二

本件土地の換地前の路線価は前述したとおり一平方メートルあたり六、七七六円と評価されたが、本件土地は免租の宅地であつたから、右算定規準に従い、右評価額に百分の五を乗じ基準地積一六〇・三九平方メートルを掛けて評価額五万四、二一一円を得た。

一方、本件事業区域内の換地前の評定価額の総額と、換地後の評定価額の総額の比率は一・〇五となつたので、本件土地の評定価額五万四、二一一円に一・〇五を乗じた五万六、九二一円をもつて本件土地の権利価額とし、この金額を原告に交付すべき清算金として算定したものである。

なお、右評価及び清算金の算定については評価員の意見を聞いて適正になされたものである(土地区画整理法六五条)。

百分の五を乗ずることについては、他都市の例でも百分の一〇以下を乗ずるとされていること、本件においては私道ではなく市道であつたこと、何らかの事情で所有権移転登記が未了であつたけれども被告において適法に使用権原である土地所有権を取得していたと推定される事情にあること、無租地でありかつ地代等は支払われていなかつたことなどに照らすと、本件土地の清算金の算定方法として相当な方法であつたといえる。

また、原被告間には、本件土地について原告の所有権を確認する確定判決が存在するが、そのことは右のような減額算定をすることにいささかも差し支えるものではない。道路敷地は道路敷地の状態で取引の対象とはなるが、それは道路としての効用を妨げない限度において、即ち道路法の制限内(道路法四条参照)でのみ私権の対象となるにすぎず、いわゆる公用負担付所有権としてその利用価値が大幅に低下するものである以上、その評価にあたつてもかかる制限のない土地に較べて大幅な減額を受けるのも止むを得ない。

7  以上述べたところで明らかなように、本件清算金の算定は合理的な方法でなされたもので、違法とすべき事情は何ら存しないから、原告の本訴請求は理由がない。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張のうち、本件土地について被告に対する所有権移転の登記がなされた事実がなく、原告の前所有者から原告に対し昭和三七年一〇月三〇日所有権移転登記がなされたこと、原被告間に本件土地について原告の所有権を確認する確定判決が存すること、被告は本件土地を道路として永年使用してきたことは認め、その余は争う。

2  本件土地について被告がなした清算金の算定では一平方メートルあたり約三五四円となるところ、鑑定人牧浦造城の鑑定によれば、本件土地付近の土地の一平方メートルあたりの時価は昭和四四年一二月(本件処分当時)において八万八、五一〇円、昭和五〇年一一月において二三万七、六七〇円であり、右清算金との差は余りに大きく、その差は路線価方式評価法なる算定方法によつても合理的に説明できないものである。

3  土地区画整理法九五条一項六号の「公共施設の用に供している宅地」とは道路を含まないと解すべきである。道路が廃止になれば更地としての宅地となり、その地上には何ら公共施設もないからである。

4  被告が本件土地に対してなした道路用地としての供用開始手続は次の事実からみて違法である。また、その違法は道路として永年使用されてきたという事実によっても治癒されるものではない。

(一) 被告は本件土地を道路敷地として使用開始する以前にもまたその後今日に至るまで土地所有者に対し何らの金員も支払つていない。

(二) 原告は借地上に建物を所有しているが、昭和三六年ころ地主から明渡を要求されたため移転先を物色していたところ、原口栄の所有地を被告が道路として使用しており、都市計画としての土地区画整理事業が近々行われ、道路供用が廃止になることを知り、そうなれば換地が与えられることになるはずであるとの認識のもとに本件土地を買入れ所有権移転登記を了したものである。右原口は右登記手続前被告に対し代理人を通じて換地または買上げを申し入れていたのであるが、被告が本件土地について適法に所有権取得していたのであれば、名義が原口の時期に所有権移転禁止の仮処分をするとか直ちに本訴を提起することができたにもかかわらずこれをしなかつた。

(三) 原被告間の前記確定判決の存する鹿児島地方裁判所名瀬支部昭和三九年(ワ)第一五号土地所有権確認請求事件において、原告は「本件土地は名瀬市土地区画整理事業の施行区域内に存するので、右事業施行者である被告は、当然右土地に対する換地計画を定めて換地処分を行わなければならないのにかかわらず、被告は原告が再三換地処分を求めるも、右土地が従来道路敷地として使用されていたことから原告の所有権につき疑惑を抱くものの如く換地処分をなさないのみか事件をあいまいに葬り去らんとしているので、右土地が原告の所有である旨の確認を求めるため本訴に及んだ」旨主張したのに対し、被告は何らこれを争わなかつた。被告が本訴で主張しているように、本件土地についての権原取得が適法であるならば、右事件においてその事実を立証すべきであつた。右事件における被告の防禦のやり方はかえつて双方が立証をつくせば道路敷地の権原取得の違法性が露見するのを恐れていたやにみえなくはない。

(四) 地方公共団体が他人の所有地を道路にしようとする場合敷地の所有権を取得するのが原則であり、その場合、代金と引換えに所有権移転登記手続に必要な書類に所有者の署名捺印をさせるのが通常である。しかるに被告は二〇数年にわたつて登記移転手続をすることなく放置してきた。

(五) 本件土地区画整理事業において私人に登記名義が残つていた公共用道路敷の所有者のうち、前記算定規準による清算金の算定に不服であつたのは原告一人ではない。

第三証拠〈省略〉

理由

本件土地はもと原告の所有であつたこと、被告は昭和四四年一二月二五日名瀬市都市計画第二次土地区画整理事業において、原告に対し本件土地について「換地を交付せず、金銭をもつて清算する。清算金額は五万六、九二一円とする。」旨の本件処分をなしたこと、原告は行政不服審査法に基づき昭和四五年三月一二日鹿児島県知事に対し審査請求をしたが、同年一二月四日棄却され、昭和四六年一月六日建設大臣に対し再審査請求をしたところ、これも昭和五〇年四月六日に棄却されたことは当事者間に争いがない。

二 まず、土地区画整理法(以下「本法」という)における清算金の制度について検討するに、土地区画整理事業の換地計画において換地を定める場合、換地及び従前の宅地の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等が照応するように定めなければならないとされているが(本法八九条)、具体的な整理事業においては、従前の宅地に厳密には照応しない換地が定まり、もしくは換地が存しないことも生じうるので、このような場合における施行地区内権利者相互間の不均衡を是正する必要が生ずる。このように、従前の宅地に対し法の定める標準に照応した客観的換地と、現実に施行者によつて定められる換地との間に過不足が生ずる結果、権利者相互間において、照応する客観的換地に対し現実に定められる換地の価格が大であるために不当に利益を受ける者や、現実に定められる換地の価格が小であるか、換地が定められないため何らの代償なくして客観的換地の一部または全部を失うと同一の損失を受ける者が出てくるので、このような施行地区内の宅地について換地処分の結果生ずる不均衡を過不足なく公平ならしめるため、施行者は過不足額を不当に利得した者から徴収し、損失を受けた者に交付し、もつて金銭で清算しようとするものが清算金の制度であると考えられる。

従つて、清算金の徴収は実質的にみて不当利得金の徴収であり、清算金の交付は実質において損失補償金の支払であるということができる。

三 本法九四条は、清算金算出の標準として、従前の宅地と換地の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等を総合的に考慮すべきことを要求するところであるが、清算金の制度は当該土地区画整理事業施行地区内の土地を一体として右施行地区内における権利者相互間の不均衡を是正しようとするものであるから、単に個々の権利者の従前の宅地と換地との各評定価額を比べ、その差額を徴収または交付するという方式は採りえず、施行地区内における換地についての宅地価額の総額と従前地についての宅地価額の総額とを比較し、前者の後者に対する比を各従前地の評定価額に乗じていわゆる権利価額を求め、これが換地各筆の評定価額と一致するならば最も公平に換地指定がなされたこととなり、右権利価額と現実に指定された換地各筆の評定価額との差が清算金として徴収または交付されることとなる。そして、本件の如く換地を指定しなかつた場合には右権利価額が清算金として従前の宅地の権利者に交付すべき金額となるものである。

従つて、施行地区内の宅地権利者は換地処分の結果損失を受けても、右各宅地の価額の評価が適正になされる限り、清算金の制度によりその損失を完全に補償されるものといわなければならない。

四 すすんで本件清算金算定の基礎となる被告の宅地価額評価の当否を検討する。

本件六五条によれば、市町村は換地計画において清算金を定めようとする場合においては土地の価額を評価しなければならないものとし、その評価については市町村長が土地区画整理審議会の同意を得て選任した評価員の意見を聞かなければならないと定めているが、市町村のなすべき土地評価の方法そのものについては何らの規制もない。

成立に争いのない乙第一〇号証、証人昇恕庶の証言によれば、本件土地区画整理事業において、被告は評価員の意見を聞いたうえ内規として「各筆土地評定価格算定規準」を定め、土地評価方法として路線価式評価方法を採用したことが認められる。

ところで、土地区画整理事業を施行するうえで施行者が決定すべき土地の価額は、施行地区内の各土地について平等な計算方法によつたというだけでは足りず、公平な方法によつて算出された結果が客観的な取引価格に一致するものでなければならないことはいうまでもない。

そこで、客観的な取引価格を決定する方法として従来、各土地の標準純収益を基礎として評価額を求めんとする客観的収益価格評価方法、実際の売買価格を比較して評価額を求めんとする売買価格比較法、各土地の実際の有形的状態について実情調査を行い、練達者の経験を基礎として達観して直接に価格を評価するいわゆる達観式評価法等が主張されているが、土地区画整理事業においては、大量の筆数の各土地について一定の基準時における価格を公平に算定する必要があり、しかも従前地及び換地双方について同種の価格算定方法を採用しなければならないものであるが、以上の評価方法はいずれもその要請に応えることが困難である。これに対し、路線価式評価方法は他の評価法のもつ難点を克服し、土地区画整理事業に伴う比較的短期日の間に大量の土地を同一時点で評価し、しかも右土地間のバランスをはかる要請に応える合理的な評価方法ということができる。

五 成立に争いのない乙第二〇号証の一、二、証人昇恕庶の証言によると、被告は本件土地区画整理事業において調査したところ、施行地区内の仮換地指定中の土地で路線番号五三の街路に面するものが昭和三七年七月に坪あたり三万円で取引された事例があり、精通者の意見等を参酌して、右土地の取引価格をそのまま坪あたり三万円と評定したことが認められる。

また、成立に争いのない乙第一五号証、第一八号証の二、三、証人昇恕庶の証言によると、右土地の面する街路の路線価指数は一万一一〇九、施行地区内の最も繁華街である路線番号四七の街路の路線価指数は一万二二二六となることが認められ、右各指数を比較すると後者の価額は坪あたり三万三、〇一六円(30,000円×12,226/11,109=33,016円、円未満切り捨て)となる。

六 証人昇恕庶の証言によると、本件土地区画整理事業において仮換地指定は一時になされず、昭和三二年から昭和四〇年にかけてなされているので、被告は全体の公平を保つという見地からその中間時である昭和三六年七月一日を土地評価の基準時として採用したことが認められる。

清算金の制度は、前述したとおり、換地を定めまたは定めない場合に生ずる受益の不均衡を是正するものであるから、施行地区内の権利者に受益または損失が生ずる時期をもつて土地評価の基準時とするのが相当である。そして、仮換地指定があれば従前の土地に対する使用収益権限が仮換地指定された土地に移転するのであるから(本法九九条)、施行地区内権利者の受益または損失は実質的な交換分合たる右仮換地指定によつて生ずるものと解される。これは、本法一〇二条が仮換地指定があれば仮清算できる旨規定することに照らしても理由のあるところである。

そうすると、被告が全体の公平を保つという見地から、本件整理事業において仮換地指定がなされた中間時点である昭和三六年を土地評価の基準時としたことは適正なものといえる。

ところで、証人昇恕庶の証言によれば、当時土地の時価は一年に一〇パーセント上昇したことが認められる。

従つて、最も繁華街である右路線番号四七の街路の価格を右基準時である昭和三六年に引き直すと坪あたり三万〇、〇一四円(33,016円×10/11=30,014円、円未満切り捨て)となり、被告がこれを三万円として標準路線価としたことは適正なものといえる。

そうすると、右街路の路線価指数は前述したとおり一万二二二六であるから、指数一個あたりの価格(指数単価)は二・四五円(小数三位以下切り捨て)となる。

七 証人昇恕庶の証言によると、被告は土地区画整理審議会及び評価員にはかつたうえ、本件整理事業において二割減歩という面積主義を採用したこと、換地によつて幹線道路の位置、公共施設の場所など変更されたところもないことが認められ、これによれば換地前の土地の価格は本件整理事業により八分の一〇すなわち一・二五倍に増進したものとみることができる。

従つて、換地前の各街路の路線価は右各街路に照応する換地後の各街路の路線価を〇・八倍して得ることができる。

八 前掲乙第一五号証、成立に争いのない乙第一八号証の四によれば、本件土地が換地前街路に面するものとすると、その街路に位置的に相当する換地後の街路(路線番号五四)の路線価指数は一万一四四二となることが認められるので、換地後の右街路の坪あたりの路線価は前記指数単価二・四五円に右指数一万一四四二を乗じた二万八、〇三二円(円未満切り捨て)となる。従つて、被告がこれを二万八、〇〇〇円と決定したことは適正である。

そして、これを〇・八倍すると、本件土地についての換地前の街路の路線価である坪あたり二万二、四〇〇円(一平方メートルあたり六、七七六円)が算出される。

九 本件土地が本件土地区画整理事業前道路として永年利用されてきたものであること、しかして、本件土地につき被告が所有権取得の登記を経たことがなく、原告の前所有者から原告に対し昭和三七年一〇月三〇日所有権移転登記がなされていることは、いずれも当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一号証、同乙第二(原本の存在とも争いがない)、第四、第六ないし第八号証、第九号証の一ないし四、第一四、第一九、第二八ないし第三六号証、証人昇恕庶、同岩元信忠(第一、二回)、同南鉄雄、同池地忠佐の各証言を総合すると、本件整理事業開始時において本件土地は市道の一部として利用されていたこと、右市道は、もと同所にカトリツク教会の私道があつたのを、被告(当時名瀬町)が昭和九年ないし昭和一一年ころ町道として拡幅工事を行い、幅員二・六ないし四・五メートルの通称天文館通りと呼ばれる本件施行地区内二番目の繁華街として、市制実施後も一般通行の用に利用されてきたこと、本件土地が町道敷となるについての関係書類は戦災や昭和三〇年の大火などの際に粉失したものと考えられ、現存しないこと、右道路の一部について被告が昭和三三年四月一日市道路線の廃止を行つていること、本件土地の周辺の土地で本件土地同様右天文館通りの敷地となつているものについて、昭和九年から昭和一一年にかけて旧土地台帳上及び登記薄上分筆手続が行われ、そのころ売買を原因として名瀬町に所有権移転登記がなされていること、本件土地は当時原口元吉の所有名義である名瀬市伊津部宇久保里二一番一の土地の一部であつて、道路敷相当部分である本件土地が昭和一一年七月五日旧土地台帳上分筆され、昭和一三年三月一日には分筆登記がなされたものの、名瀬町に対する移転登記はなされなかつたこと、本件土地について地代、土地使用料に類するものが支払われておらず、固定資産税が課せられていなかつたこと、本件土地について昭和一七年五月七日右原口元吉から原口栄に家督相続による所有権移転があり、昭和三七年一〇月二七日付でその旨の登記を経た後、同年九月一五日の売買を原因として同年一〇月三〇日右原口栄から原告に所有権移転登記がなされているが、右原口栄は本件整理事業開始時、被告から換地を与えないことについて同意を求められたことから初めて道路敷となつている原口元吉名義の本件土地が存在することを知つたもので、その当時本件土地がどこに位置するかも知らなかつた状態であつたこと、本件土地が道路敷とされていることについて権利者から異議が申立てられたことがないことが認められ、右事実に弁論の全趣旨を勘案すると本件土地は昭和一一年ころには被告(当時名瀬町)により道路敷として適法に買収され、道路拡幅工事が施されて道路管理者たる名瀬町長が町道として認定したうえ供用開始の告示を行い、以後管理してきたものと推認することができ、ただ、被告がその所有権移転登記を了する前に前所有者の承継人から原告に移転登記が経由されているので、被告はその所有権取得をもつて原告に対抗できない関係にあるものと認められる。

成立に争いのない甲第一六、第一七号証並びに前記池地忠佐の証言中、名瀬町が本件土地を取得するについて代金を支払つていない旨の供述がなされている部分は、前掲乙第六、第七、第二九ないし第三六号証に照らしにわかに措信できない。

ところで、旧道路法上市町村道の敷地の所有権は国に帰属するものとされているが、本件土地は名瀬町名義で取得されている。しかし、町道の敷地を町名義で取得していたとしても、当該町長が実体的にはこれを国に帰属するものとして国の機関として管理しているときは、これをもつて旧道路法上の道路と解することが可能である。また、現行道路法では市町村道はその管理主体である市町村がその敷地利用権を取得することとされているので、現行道路法のもとでも道路法上の道路と解してよい。

一〇 本件土地は、前項説示のとおり、市道の敷地として公共の用に供されてきたもので、本法九五条一項六号の「公共施設の用に供している宅地」に該当する。成立に争いのない乙第五号証、証人昇恕庶の証言によれば、本件土地を敷地とする道路について、本件土地区画整理事業の施行により右道路に代るべき道路が設置され、その結果本件土地を敷地とする道路部分は廃止されることが認められるので、本件土地については同条六項により換地を定めないことができる。

原告は、道路は同条一項六号にいう公共施設に該らない旨主張するが、本法二条五項では道路は公共施設である旨明言し、右九五条一項六号において特にこれと解釈を異にする根拠は見出し難いので、原告の右主張はこれを採ることができない。

本件土地がこのような市道敷であるとき、清算金を算定するにあたつて一般の宅地と同様に評価することはできず、大幅な減額を行つて評価することはやむを得ないところである。

前掲乙第一〇号証、証人昇恕庶の証言によれば、被告は評価員及び土地区画整理審議会の意見を聞いたうえ、前記算定規準において、いわゆる私道等の換地を与えない土地について、登記薄上の地目及び公租の有無によつて区分し、免租の宅地であつたものについては該当する路線価に一〇〇分の五を乗じて算定することとしたことが認められる。

免租の宅地であつた私道等について一律に一〇〇分の五を乗ずることは検討の余地があるところである。このような私道等であつても、その道路の法的性質、形状、利用状況等により種々のものが考えられ、それにより評価を異にするのが妥当であると考えることもできるからである。

しかしながら、前記説示のとおり、被告は本件土地の所有権取得を原告に対抗できない関係にあるが、本件土地については原告に所有権移転登記がなされる以前既に市道として適法に開設されていたものであるから、市道が廃止されない限り依然として私権の行使につき制限を受けていたものであること(道路法四条参照)、本件土地を道路敷とする市道は前述したとおりの形状、利用状況であつたことに鑑みると、本件土地の換地前の評価として路線価に一〇〇分の五を乗じることは適正なものといいうる。

そうすると、前述した本件土地の一平方メートルあたりの路線価六、七七六円に一〇〇分の五を乗じた三三八円(円未満切り捨て)が本件土地の一平方メートルあたりの価格であり、これにその地積一六〇・三九平方メートルを乗じた五万四、二一一円(円未満切り捨て)が本件土地の換地前の評定価額となる。

成立に争いのない乙第一二号証、証人昇恕庶の証言によると、本件施行地区内の換地前の評定価額の総額と、換地後の評定価額の総額との比率は一・〇五(小数三位以下切り捨て)であることが認められるので、本件土地の権利価額は右評定価額に一・〇五を乗じた五万六、九二一円(円未満切り捨て)となり、これが原告に交付すべき清算金となる。

鑑定の結果によれば、本件土地付近の土地の一平方メートルあたりの時価は平均して昭和四四年一二月当時八万八、五一〇円、昭和五〇年一一月当時二三万七、六七〇円であることが認められるところであるが、右鑑定は換地後の一般の宅地を評価したものであつて、本件土地の市道敷としての形状等を考慮したものでなく、また評価の基準時は前述したとおり昭和三六年とするのが相当であるから、右鑑定の結果をもつて右清算金算定が不当であるということはできない。

以上要するに、被告のなした本件土地についての清算金の算定は適正なものと認めることができる。

一一 よつて、本件処分を違法として取り消しを求める本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大西浅雄 林五平 森高重久)

(目録 省略)

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